何のために生きるのか。何のために研究するのか。 深夜テンションで、書き残す。

雑記

完全なる雑記を書きます。

何のために頑張るのか、何のために生きるのか、僕はずっと考えてきました。

僕の人生は高校の時から、その答えらしきものにたどり着いて頑張っては倒れ、頑張っては倒れ、そんなことをずっと繰り返してきました。

高校は部活動に時間とエネルギーの全てを費やし、浪人では勉強、大学では両方、大学院ではまた勉強と研究と仕事、自分ではよくやったと言えるくらい頑張ったと思います。

その過程で、モチベーションの為に、なんどもなんども何のために生きるのか、何のために頑張るのか自問自答しては、熱こそが生きることだからとか、後悔しないためとか、夢のため、将来のため、幸せのため、魂が求めてるから、好きな子のため、誰かに親切にするため、誰かを幸せにするため、とにかく自己満足、世界のためetc…

色々考えては、半分納得しまた頑張る。そんなことを繰り返してきたように思います。

どちらかというと、頑張る理由を常に作ってきた感じです。なぜ頑張るのかはふわふわした理由で納得していましたし、いざやり始めればあまり気にはなりません。

しかし、若い時は無理くりな理由で納得できたものの、大学院(M2)の時、かなりがっつり仕事をするインターンと研究を両立してやっている時に、あまりにも色々なことが重なり、毎週フルでプログラムを書き続け、徹夜。そんな日々を繰り返していた時、鬱になりました。重度ではないですが、中軽度でしょうか。

3ヶ月くらい生産的なことが全くできなくなり、最初は動く気が全く出ず、絶望感に常に襲われなかなかやばい状態でした。

その時から、本当に自分は何で頑張るのか、どう生きるのか、何で生きるのか、再度ちゃんと考えざるを得ませんでした。そうしないと再び前に進むことは不可能でした。その時に全てを総括して考えたこと、脳に完全に刷り込んだことを書き残します。

 

高校や浪人中、今まではなぜ頑張るのかの根本は、「情熱こそが人生の最も素晴らしいもので、それを味わって生きることが人生の全て。」

こんな感じの考えでした。でも、かなりきつい生き方をしていて、大学に入って人生でいろんな楽しみが増えて、何度も何度も揺らいできました。

かなり偏屈な価値観で全てを目標に注がないと気が済まない、楽しみすら排除する価値観だったので、色々楽しいこともかったし、この価値観は少し弱まり、「人生を楽しむ」のがいい生き方であり、人生は楽しむためにあるんだから、だらだらもして娯楽を楽しもうという価値観と、情熱に全てを注ぐんだよおおという価値観が常に拮抗しており、何とかバランスを保っている形でした。

それでも自分的には相当頑張っていて、だんだん人生に疲れてきたのも事実で、だんだんと溜まりに溜まったのでしょう、軽度うつ病を発症してしまいました。

そして、3ヶ月くらい、何もできなかったので漫画読んだりゲームしたり運動したり旅行したりしました。回復しても研究へのモチベーションが全然上がりませんでした。

一つ一つ、自分の疑問を潰していきました。

まず、自分は何で研究するのか。研究なんて天才がやれば済むことが多い。それに僕は自然に呼吸するように研究ができるほど天才じゃない。きつい。それでも、やりたい。僕にはどうしても諦められない夢がある。別に僕以外が叶えるかもしれない。そもそも叶わないかもしれない。それでも、なぜか諦めることができない。それに研究は自己満足だ。別に他人は関係ない。

その結果、結婚できなくても、のたれ死んでも、まともな人生を歩めなくても、まあそれはいい。元々、そこまで高みを望んではいないし、結婚もしたいけどまあできなくても別にいい。別にいつ死んでもいい。ただ、一匹の動物が死ぬだけ。

別に何をしてもいい。人生は今この瞬間から死ぬまで生きるだけだ。

何でわざわざきついことをするのか。人生がこの瞬間から死ぬまで生きるだけなら、ゲームばっかして少し稼いで過ごしても全然構わないはず。だらだらしまくって、何も悪いことはない。

でも、それでも、だらだらしていると、なぜか心が苦しい。そもそも人生の目的は?別に人生は自由だけど、その目的は何?幸せになるため?楽しい時間をできるだけ過ごす?ならゲームずっとするのが正解じゃない?

そんなことを考えていました。

まずはやっぱり、何で生きるのか、人生の目的を掘り下げて掘り下げた結果、僕は大切な夢があったから。それをやるため。それだけです。

何もせずだらだらするのも死ぬほど苦しい、でも全力で進んでも苦しい、ずっとそんな人生でした。何かに向かって全てを尽くしていないと苦しくてたまらないんです。でもやりすぎたらやりすぎたで倒れると、、、

僕の夢は、永久機関を作ることです。まあ無理だと思うでしょう。でもしょうがない、やりたくてしょうがないんだから。

だから、自分にいろんな言い訳をしてきました。僕は天才じゃないから諦めろ、僕にはそんな力はない、夢を追っても苦しいだけだ、そもそも学部選択を間違えたし、相当厳しい道になる、そもそも頑張って努力してる時点で天才じゃないから無理、などなど、人生は幸せに生きることが大事、それは結婚とか人との交流とかじゃないの?、っていうか永久機関とか絶対無理でしょ。

そうやって、ごまかしてました。

でも、それを追わなかった日は、全力を尽くさなかった日は苦しくて仕方がなかった。進むのも、止まるのも苦しい。だからもう僕は人生をやめようと、もう死のうと思っていました。

でも僕はあるとき気がつきました。苦しくて死にたくなるくらい、やれないと苦しくて死にたくなるくらい、大切な夢なんだと。全力で進まないと叶えられないことが分かっていたからこそ、そう自分に強いていたことも。そして、その夢はたとえ全てをかけて追った結果、成果も出ず、孤独にただ死んでいくだけの虚しい人生だったとしても、灰色でそれしかない人生になったとしても、それでも自分は満足して死ねるような夢であると。

確かに、努力や自分のコントロールはきついけど、天才じゃないから自然にずーっとできないし、全てを尽くすのはまたきつい日々なのは分かってるし、一般の幸せからは遠ざかる確率は高いし、それでも僕にとっては大切で大切で大切で、もうそれが人生の全てでもいいくらいの大切な夢なんだと。

だから、僕は生きることにしました。大切な想いを捨てたくないから。その想いのために、自分の全てをかけようと思いました。

だから僕は研究します。世の中には僕を遥かに超えた天才がゴロゴロいます。その人は僕の100分の1くらいの労力で同じことができるかもしれません。自分のやることなど無駄かもしれません。でも、僕より執着してる人はいないかもしれません。僕は何かを達成するために最も重要なピースは粘り、諦めない、執着、熱意、そんなものだと信じてます。何より、自分の大切な想いを大事にして、それを叶えてあげること以上に大切なことなどあるのでしょうか?僕にはそれ以上に大切なことは思い浮かびません。

自分にとって大切な想いを叶えてあげることが、そう努力することが僕にとっては生きることだから。だから、クソみたいな人生でも大切な想いが叶えばいいんです。それでいい。だから、研究をします。

なにか人生の参考になれば幸いです。

それではいい人生を。

雑記

Posted by mamitsu