人生とは何か、その答え 僕なりの人生の答え

雑記

また、完全なる雑記を書きます。

突然ですが、人生って何のためにあるんですかね?

人生って何なんでしょうか?どう生きたらいいんでしょうか?
皆、何度も悩む問題何じゃないかと思います。

人生は本質的には、ただこの瞬間から死ぬまで生きるだけです。生物として生まれて、朽ちていくだけ。

僕は多分そうじゃないかと思っているのですが、この世界は仮想世界なのではないかと考えています。だとしても関係なく、僕らは生まれてきて、死ぬだけです。

でも一方で自分の中に生物としての本能以外に脳の知性以外に、確かな根源的な存在が確かにあって、ただの動物ではないことも感じています。

じゃあ人として人生を生きる時にどう生きるのがいいんでしょうか?

みんなやりたいことをやれとか、社会に貢献しろとか、ちゃんと働いてとか、いろいろ言ってきます。

でも、まずは常識とか世界のこととか、自分以外のことは本質的にクソどうでもいいはずです。
自分がどう感じて、何をして、どう生きたのかが、自分の人生の全てです。

世界を変えたとしても、世界を変えるというゲームを通して自分が感じたことが人生であり、世界を変えることそのものには自分の人生において何の価値もありません。

自分が全てです。他人との関わりで喜びを感じたとしても、他人との関わりで自分が感じたことが自分の人生にとって価値のあるものであり、他人そのものに価値があるわけではありません。

極端な例だと、本当に殺人を心の底から人生を楽しむためにしたいのならば、別にしてもいいと思っています。
殺人がいけない理由は、多分たった一つで、自分も人間だから、それだけです。

人間が人間を殺すのがダメというルールたった一つで圧倒的に全体の利益が上がるし、自分もいつでも殺される可能性が多々あるという心配をせずに済みます。ですので、そのようなルールを歴史から学んで作っただけの話です。他人が死んでも自分の人生には全く関係ありません。他人が死んで自分が感じたことが人生です。

 

話がだいぶそれましたが、要は自分の人生とは自分が全てであり、世界とは全く関係ありません。なので、自分の人生の本質的な目的や意味を外部に置くのは間違っています。

 

そこで最近の風潮が生まれるわけです。「やりたいことをやれ。」「情熱を持てることをやれ。」「必死に働くのなんて馬鹿らしい楽しく生きよう。」

間違ってはいません。でも、何かが微妙に欠けています。

自分が楽しい、心地よい、幸せを感じるのが人生だとすれば、永遠にゲームしてればいいわけです。もちろんゲーム以外に色々やりたいことがあって、お金が必要だから働くのでしょうが、ゲームやただ楽しくて楽なこと、遊びを永遠にやればいいわけです。

できることならやってるよ、という人もいそうですが。

でも、僕は3ヶ月ほど、ゲームやだらだらしたり、遊んだり、楽しくて楽なことしかしないことがあったのですが、全くもっていい人生とは感じられませんでした。

極論をいえば、人生は楽しいことや幸せを感じることが全てなのだとしたら、永遠にドラッグをやってればいいはずです。最高に楽しいし、幸せでしょう。

しかし、何かが違うと感じます。たとえば、マトリックスの世界のように、機械に繋がれて完全な仮想世界に行けて、ただ楽しいことしかない理想の世界に行けたとしても、僕は別に行きたいと思えません。

 

人生を何かの尺度でいい人生だったかどうかを判定するとしたら、なんなのでしょうか?

楽しさではない気がする。そして、幸せでもない。別に幸せなだったからいい人生だっととは思えない。別に幸せでなかったとしても、惨めで失敗ばかりの人生だったとしても、いい人生はあるし、幸せな人生だったとしてもどこか虚しい人生はある。

 

本質的な答えはなんだろうと思った時に、僕は、

「どれだけ自分の想いに真摯に向き合ったか」

だと思いました。

僕はゲームをして楽しかったけど、数学が好き、極めてすごいものを作りたいという想いから逃げていて向き合ってなかったから、何かが欠けているように思いました。

たとえ、きつくても、失敗しても、他人から惨めで笑われる人生だったとしても、僕は自分の想いに真摯に向き合って、歩んでいく人生だったとしたら、世界中の誰にも認められなかった人生だとしても、いい人生だったなと思って終われると思いました。

逆に、どれだけ世間的な成功を修めても、自分の想いに真摯に向き合って来なかったなら、その人の人生は空虚で虚しい人生なのではないかと思うのです。

 

ただ、ただ、自分の想いに真摯に向き合うだけ。そして、ただただ、やるだけ。

別に辛くてもいい。何があってもいい。自分の想いに真摯に向き合って、やっている時間はとてつもなく尊くて、いい人生だと現在進行形で感じることができる。根源的な何かが満たされると感じる。

 

やりたいことをやれは、間違ってはいません。でも、自分の想いに真摯に向き合えが正解だと思います。

やりたいことをやれだと、楽しいことだけをやれみたいになってしまいます。そうではありません。自分の想いに向き合えば、辛いことやしんどいことも多いです。

でも、とてつもなく心地いい。

僕は、息を吸うように数学( 応用数学・プログラム )をやっているみたいな、生まれ持っての天才じゃないから、何度も諦めようとしました。僕にとって数学はきついし、理解できずああーっとなることも多い。でも、やりたくてしょうがないものでした。

嫌になって、触れたくなくなった時期も多々あります。

でも、好きでやりたい想いは変わらなくて、やっぱり真摯に向き合うしかなくて、真摯に向き合うのは心地のいいものでした。

 

今思えば、僕の人生で鮮明に覚えてるシーン、全て、自分の想いに死ぬほど真剣に向き合って頑張っていた瞬間でした。

僕はこう思えてから、人生が素晴らしいものになりました。シンプルになりました。

 

ただ、自分の想いに真摯に向き合うだけです。ほぼ全てのことは関係ありません。真摯に向き合ってやることに誰に何を言われても関係ありません。失敗しても全く構いません。自分の想いに真摯に向き合ったかどうかだけが全てです。

それが人生の生き方の僕なりの答えです。

何に対しても。そうです。どんな仕事も、研究も、自分の想いに真摯に向き合うだけです。

恋愛も自分の想いに真摯に向き合うだけです。相手のことを想う自分の気持ちに真摯に向き合うだけ。相手が自分のことを好きかとかどーでもいいです。ただ、真摯に向き合うだけ。

自分の何かの仕事が好きという想いに真摯に向き合うだけ、挑戦したいという想いに真摯に向き合うだけ、変わりたいという想いに、もっと楽しいことがしたいという想いに、刺激的なことがしたいという想いに、真摯に向きあうだけです。

もちろん、表面的なものではなく、根源的なものです。

僕は、そんな人生を送りたいと思います。そして、その人生を生き切ったなら、どの瞬間も輝いているのではないかと思います。そして、いい人生になるのではないかと。

僕はそう思います。

雑記

Posted by mamitsu