うつになった原因と、その解決策、そして人生とは何か 僕なりの人生の答え

雑記

完全なる雑記を書く。

自分のうつになった原因とその解決策について。
 
色々より整理されてなんでうつになったか、なんでうつを解消できたか分かったので書いていく。
 
 
 
自分がうつになった原因は、色々あるが、まあ経緯から書いていく。
 
 
その当時大学院生(修士)として働らきつつ有償のインターンでAIのベンチャーで働くという日々を過ごしていた。
 
が、このインターンがなかなかにハードで、実際に会社のプログラムを書いていたし、お客さんと打ち合わせもしていたし、PMもやっていた。まあ、社員と同じ事をやり、ただ時間がフレックスというだけだった。
 
人数も少ないところだったので、かなり自分にハードな業務が回ってきた。インターンをして1年がたったくらいのころ、自分に会社の命運を握る超ハードな案件を2つ同時に掛け持ち、さらにそのPMを両方やる事になった。
 
今考えると、むちゃくちゃな話で、どちらも一つ一つはその世界のトップ研究者が数人で解決できるようなかなり難易度の高い問題を解かなければならないという案件だったが、なぜかB2のプログラム書きはじめましたというインターン生を一人ずつつけられ、それでプログラムを書く事になった。PMというか、AI側のPMで、実際のプロジェクト管理ではなく、AI側のプログラム全般で責任をもつということだ。
 
今冷静に考えると、頭がおかしいが当時はなんとかいけるかもしれないと思っていた。が、これが不可能でいますぐに方針を変える必要があることがわからない程に、未熟だったし、その未熟な人間にこれを任せる社長は本当に頭がおかしい。
 
まあ、本当に社長は頭がおかしかった。しかしある部分では優秀でその優秀な部分で全てが隠れてしまって、見抜けなかった。
 
が、それほどまでに人が少なかったし、自分は会社の方向性、業務自体は気に入っていたので就職先もそこに決めていたのもあり、やるしかないと当時は思っていた。
 
 
始まってみると、案の定炎上。B2は使い物にならないし、何かをやらせても作業が増えるだけ。そして、自身の研究もあり、3プロジェクトを平行でやるという事になった。
 
そして、全然全てが終わらないし、いろんな締め切りに間に合わないので、週5以上は確実なフル稼働、徹夜は週2くらいは平均でする、という生活をずっと続けていた。この時、精神状態は良くなく、プレッシャー、社の命運を握っている責任感、これ失敗したら社が傾くとも言われていたため、将来の不安、やばさ、焦燥感。自身の研究一つでもこうなりそうなのに、それが3つとなると吐きそうだった。さらに、難易度を理解できないアホな社長に、こんなんじゃ全然ダメだと成果報告で言われる。まずまずの成果を出していたとは思うが。
 
が、ある時からおかしくなる。だんだん、思うように思考ができなくなり、脳が働かなくなる。全然進まなくなり、もうこれはダメだとなり、それを社長に告げる。そして、社長の介入が入り、これで少しは楽になるかと思ったものの、頭良さそうに見せるのがうまいだけで、この社長、アホであった。
 
そして今までと完全に方針を変える事になり、より作業量が増える。とりあえず、死に体で社長の命令どおりのプログラムを書く事に徹する。しかし、作業量は増えている。
 
しかし、何とか本当に死に体で自分の部分のプログラムを完成はさせる。しかし、社長に渡した最後のピースの部分で不正行為をさせる。
 
それは一瞬でわかったが、体力がなさすぎて1ヶ月程休んでほんの少しはまともに動ける頃に、周りのエンジニアに告げる。そして、やばさを共有するが、他の案件でも同じようなことが起きていることがわかる。
 
何とか最後の力で、社長にエンジニアや役員集めて直訴、そしてものすごく単純で一瞬で分かりそうなものを数時間かけて説得に成功する。その時は反省していたが、翌日自分のせいにされ、内定辞退および退職を決意。そして、辞める。
 
 
こんな感じの日々を過ごしたが、もう完全に死んだ。うつになった。
起き上がれず、何もできない日々を2ヶ月程過ごした。
 
この時は相当やばくて、ホルモン分泌がおかしくて、ずっと絶望感が続くし、頭痛がずっとして、だるすぎて何もできない。集中力は少しも続かない。
 
少し行動できるようになってから、生活習慣を改善したり、サウナに行きまくったりして、そういう生活を2ヶ月くらい続けたら、脳はほとんど回復した。
 
何かをしようと思えばできるし、集中力も回復した。しかし、なんかもう何かをやろうと思えない。もう辛いことはしたくない。もう二度と何かを頑張る気になれない。もう、やりたくない。
 
このような状態になった。何の為に生きているのか全然わからなくなった。
 
そして、ずっとだらだらする生活をしていた。そして、自分に何が起きて、何が原因だったか。自分は本当に何がしたいのか、人生とは何?どうしたらいいの?もう一度立ち上がる為に、自分の中の全ての問題を解決していく事になる。
 
 
これが経緯と、起こった現象。しかし、自分がうつになった本質的な問題はかなり色々あって、ただそれが爆発しただけだと思うようになった。
 
 
 
まずは、1つ目。これは完全に生活習慣の問題。まあ、本当に本質的な問題は下の方に書いている第3の問題、つまりは積極的にやっているというより、義務感や意志の力でやっていることが多かったので、自然とやる気は出なかった。だからこそ、なのだが、生活習慣がだんだんと乱れていった。
 
食事も荒れて好きなように食べたり、徹夜をよくしたり、休憩も動画を見たり漫画を読んだり、脳の休憩にならないような休憩をよくしていた。また、運動を全然しなかったし、瞑想も昔はよくしてたけど全然しなくなった。また、好き放題オナニーしたりと、オナ禁も昔はしていたが、全然できてない状態。
 
休憩はどっちかというと、脳の休憩じゃなくて、モチベーションの回復だった。だから、いろんな動画や漫画、本などで刺激を受けてもう一回やるかと自分を奮い立たせることが必要だった。
 
まあ、このようなことで当然のように脳がダメージを蓄積していく。それがまずは表面的な原因だった。
 
この部分は変えるモチベーションさえあれば変えることは簡単で、毎日早寝早起き、食事は1食か2食にして、いいものを食べ、少食にする、オナ禁して、瞑想して筋トレしてってやればいい。あとは時々サウナへ行ったり。
 
そんで、動画見たり漫画読むのをやめて、純粋な脳の回復である瞑想を積極的にやればいい。簡単っちゃ簡単。まああとはそれをやる力があるかどうかというだけ。
 
結局は、モチベーションがあるかどうかという問題になってしまう。が、これがまずは一つ目の問題。
 
 
 
次に2つ目、人生に対する過度な思い込み。まず、人生をリアルに感じすぎていた。その結果、会社で案件を失敗する事や、就職をやめたり、社会のレールから外れることや、いろんなことをやらなきゃいけないと思ったり様々な義務感・責任感を感じてしまう。その結果、とてもいやになる。シンプル。義務感なんかに快感はなく、人間はそんなものじゃ動き続けれない。
 
だから、まずは人生に対する過度な思い込みを解消した。
 
そもそも、気がついたら参加していた、この人生というゲームはどういうゲームだろうか?
 
考えてみると、人生とは、本質的にはただ思考ができる生物として一定期間存在して、消えるだけのゲーム。それ以上もそれ以下でもない。そこに意味を見いだすのは人間自身であって、本質的にはただそれだけ。
 
社会も何もかも、物理現象の集まりが、何かを作っていて、ただの物理現象が起きているだけである。
 
だから、そこで自分は別に何をしてもいいし、何もしてはいけないことはないし、本当に自由なはずだ。別にニートしてもいいし、自殺してもいいし、人殺してもいいし、会社やめてもいいし、案件無理ですやりませんって通してもいいし、ゲームし続けていいし、ふざけたことしてもいい。別に人助けしてもいいし、何かを目指してもいいし、会社作ってもいいし、研究してもいい。
 
そう、本当に物理現象が起きるだけ。それだけだ。だから、本質的には本当に自由なんだ。それは全て人間が決めたルールや思い込んでいるだけのもの。
 
だから、まずは別に何をしてもいいということを認識する。義務感や責任感など必要ない。
 
 
じゃあ、このゲームは何をしたらいいの?何を目的にするの?というところだ。
 
うん、全然分からない。人の言ってることを聞いても、全然しっくりこない。スピリチュアルとか意味がわからん。
いや、意味はわかるけど、何を根拠に言ってんだこいつら?アホか?世界の仕組みとか人生の仕組みとか言われたところで意味が根拠がなさすぎて、空想にしか思えない。
 
そこで、一つ一つ確かな実感を頼りに、積み重ねて考えていく。
まずは、社会的な成功を得るゲームではないことは分かる。なぜなら、一定時間存在して消えるだけだから。本質的にどちらの物理現象にも違いがないし、社会的な成功自体に価値はない。
 
どうぶつのもりで、めっちゃ資産を築いても、気ままにプレイしても、その優劣はあるだろうか?別に楽しければよくね?って思うはず。
 
では、長く存在することか?いや、ゲームを長くプレイしたところで、それは短いよりはいいかもしれないが、どっちでもよくないか?
 
じゃあ、何か。でも確かに良いと感じる時と悪いと感じる時がある。自分には、なぜかはわからないが、確かな快、不快の感覚が存在し、これは明らかに快の方がいいことは分かる。
 
明確に、良い、悪いと感じる何かはないだろうか?
社会に対していい影響を及ぼしたとしよう。でもそれはいい悪いは存在しない。別に人間という物理現象に乗って、物理現象が連鎖的に起きるだけであって、いい悪いはない。悪い影響でも同じだ。
 
これは、いい影響を与えることに、自分が快感を感じて、それがいいとされるだけではないのだろうか?つまり、確かな実感としてあるのは、自分の感覚だけでしかないし、ゲームを楽しむことが一番のはずなのだ。
 
楽しむとは、結局は快感の積み重ねでしかないはず。
 
 
ならば、人生とは快感を求めるゲームなのでは?
つまり、人生で得られる快感の時間積分値を最大化するゲームなのではないか?
 
 
そうだ、人生は快感の時間積分値を最大化するゲームだ!
 
そうとわかれば、簡単だ!
ゲーム、ドラッグ、セックス、これで快感を最大化できるはず。
 
そう、やってみる。ゲームしまくってみる。好きなだけ、セックスは相手がいなかったのでオナニーしてみる。
 
何かが違う。快感はあるが、別の不快感が生じる。脳味噌に感じる快感は最大なはずなのに。。。
 
そうやっていると、胸のあたりがすごく苦しくなったりする。何かある。自分の胸のあたりに確かな実感として、
脳味噌とは違う、快、不快を感じている何かがあることに気づく。
 
たとえ、脳味噌が快感を感じていても、胸が苦しくてしょうがない。
 
これは、おそらくみんな魂と名付けて感じている何かだ、と思い、これを魂と定義した。
 
こいつにも、快、不快の感覚が存在し、脳味噌が直接的に感じる快、不快とは違う。
 
自分の場合、こいつが快感を感じるのは、何かを突き抜けるくらいやること、物事を根本から組み立て直してハックすること、確かな正しいことを積み重ねること、そういったものに快感を感じるようだ。
 
おおならば、この魂が感じる快感と脳が感じる快感を最適化すれば、人生の目標クリア!
 
と思った。しかし、落とし穴がある。
 
魂の快感を追求して何かを突き抜けるほどやろうとすれば、脳味噌がきつい、しんどい、色々な不快感を示す。
脳味噌の快感を追求していけば、自分はこんなことしたくないと、魂が不快感を示す。
 
困った、負の相関だ。じゃあ、均衡点を探せばいいのだろうか?本当にそれで、いいの?
どっちも、少なくなるだけじゃないのか?ただ、どっちの快感も少なくなるだけじゃないのか?
 
ある時はこっち、ある時はこっちって時間的に別々に満たせばいいって問題なのか?
そんなんで、快感の時間積分の最大化と言えるだろうか?
 
根本から解決するウルトラCが必要じゃないか?
 
 
 
 
という、ものすごく長くなったが、これが人生に対する見解で、別に義務感や責任感で動くことはないってこと。
 
そして、ただ快感を最大化するというシンプルなゲームにすることで、まあ不必要なもの義務感とか苦しいものを消していく。
 
 
そして、その最大化方法を探すのだ、結局は。という結論になった。
 
 
ここからが3つ目の問題。
 
うつがある程度回復した後も、自分の脳の回路がおかしいことに気づく。まあ、端的にいうと、頑張る=死ぬほどきつくて発狂するっていうイメージがつきまとってできない。頑張るスイッチを入れられない。
 
もう、元気なはずなのだが、今までは義務感で縛っていたからやれていたが、自由になると別にゲームの方が楽だし良くね?って脳が認識してしまう。
 
やりたいのにやれない。自分は、全力で何かをやることにとても魂の快感を感じるが、できない。本当に胸が苦しくて地獄の苦しみを味わった。
 
これを抜け出すのに半年かかってしまった。本当になんでまた苦しいことするの?っていう脳からの問いに答えることができなかった。
 
 
結論としては、自分が出した答えは、全体を通した快感の最大化のためだ。しかし、頑張ることには困難や、脳への不快感は付随するのは、言うまでもない。
 
結局は、最適化するしかないのか?
 
どっかで折り合いをつけるしかないのだろうか?
 
でも、僕は、バランス良くなんて絶対にできる気がしなかった。今までの人生も、限界までやってぶっ倒れての繰り返しばかりをしてきた。バランス良くやろうとはなんどもしてきたが、自分にはできなかった。0か100かしかなかった。
 
死ぬほどやるか、何もしないか、そんな日々の送り方しかできなかった。
 
だから、やっぱりウルトラCを探すしかなかったんだ。自分の魂の快感は得つつ、脳の快感も同時に得る。
 
方程式を書き換えるんだ。もう、自分にはそれしか再起する道はないと思っていた。
 
そして、少しづついろんな方法を試した。結局、自分の結論としては、魂の快感回路に脳を常に接続する。感覚としてはこんな感じ。
 
しかし、かなり感覚なので、難しい。意識的に常に魂の快感回路に接続して、何かに取り組んでいる時の快感を常に感じ続ける。自分の場合は、ちゃんと感じようとすれば、どんなときも快感または不快感を感じることができる。今まではかなり無視してきたものだが、やっぱり自分のやりたいことに全力で取り組んでいる時は、快感を感じるし、そうでないときは不快感を常に感じ取れる。
 
それに従う従わないではなく、常に同期させるのだ。脳の快感回路と魂の快感回路を接続する。こうすることで、魂が感じる快感も脳が感じ取ることできる。これが脳に、不快感を超えさせる力になる。
 
いや、もはや脳は快感に目が行き、不快感をあまり感じなくなる。そうすることで、本来負の相関にしかならない方程式を書き換える。
 
ただし、この常時接続だけは意図的にやらなければならない。まあ別にやるやらないは自由だ。しかし、快感の最大化のためにやろうぜ、と脳を説得する。
 
快感の最大化なら、脳はやらない理由などない。論理的に説得できる。
 
そして、全てどんなことも快感に変えていく。困難な状況なのに頑張ってる、ゲームしたい、オナニーしたいのに頑張ってる、少食にして頑張ってる、怒られたけど、etc…
 
もちろんポジティブなものも、褒められたけどさらに頑張ってる、etc…
 
そう、人生の目的を快感の最大化としたのなら、そして魂の快感は何かを全力でやることで感じ、そしてそれに脳が常時接続することで、その快感を味わうことができる。
 
ならば、人生で起きる困難、きつさ、しんどさ、それらは本当はより快感を感じる為のスパイスなんだ。そして、もっと言えばプラスの出来事、いや世界で起こる全てのことが、自分が快感をより感じる為のスパイスなんだ。
 
そうやって、全てを快感に変えていく。
 
そうやって、僕はうつを脱出したし、今までを超える力を手にすることができた。
モチベーションとか一切不要になった。もう常にモチベーションがあるから。
 
僕がうつになって出した結論は、やっぱり人間は快感でしか動けないということ。だから、それをコントロールするし、積極的に感じにいく。困難を超える力は、それ以上の快感しかないと思うのだ。
 
周りの支えとかもあるかもしれないが、それは周りに支えられてるという快感が自分に力をくれるんだ。
 
だから、もっとシンプル。もっと原初の快感から常に力を得続けることが大事なんだ。
 
そうやって、最高の人生を送るんだ。自分の快感を最大化させるんだ。その為なら、なりふり構わずやろう。レールからも外れよう。快感を得て、それから力を得ることが、本当に大事でそれがこの人生の一であり全であると思うのだ。
 
自分の胸あたりにある何かに、僕が魂と定義してるものに、聞いてみてほしい。感じていれば何に快感を感じるか、わかるはずだ。
 
 
うつになっても大丈夫だ。僕は立ち直ることができた。今まで以上の力を持って。
 
本当に何回も死のうと思った。こんなに何もできないなら生きている意味がないと思った。別に人生早期リタイヤするくらい別にいいじゃんとなんども思ったし、今もそのことに対してはなんとも思わないし、普通の選択肢として存在してる。
 
でも、僕は快感の為なら生きれると思った。
 
時間も合計で1年ほど無駄にした。でも、関係ない。それすら、ただ快感の為のスパイスなんだ。うつから立ち直ってやってる俺、すげー、うひょーと快感にするのだ。
 
別にいいじゃん。1年くらい。だって、人生は快感を得るのが目的なんでしょ?関係なくね?
 
自分の目的は快感の追求だ、と常にその意識を持つようにして、
 
困難な状況気持ちえええ〜〜〜〜
ゲームやりたいって脳が言ってるけどあえて我慢してやるの気持ちえええ〜〜〜〜
疲れてるのにやるの気持ちええええ〜〜〜
うつだったのにやるの気持ちえええ〜〜〜
 
と、まあこんな感じ。人生の全てのことを快感に変える。
 
就職失敗しても成功しても気持ちえええ〜〜〜、試験とか落ちても受かっても気持ちえええ〜〜〜、でいい。
 
とにかく、何かやるの気持ちええええ〜〜〜〜〜〜〜。
 
こんな感じで快感を感じつつ、魂の快感に常に同期して、脳も一緒に快感を感じるようにする。
それで僕はうつを脱出したし、以後人生の全てのことを快感に変えるようになった。
 
あー、人生気持ちえええ〜〜〜。
このせいで、だいぶ進路に影響出たけど、その困難な状況でやるのまじ気持ちえええええ〜〜〜〜。
 
ってな感じかな。
 
 
全てのことを何かをするエネルギーや快感に変えていく。
 
そして、その快感に意識を向けて、ちゃんと味わう。これが俺にとって無限のモチベーションになった。
 
 
だが、これだけではうまく行かなかった。
 
 
もう一つのピースは意志というか、最高の生き方をするという思い。
やっぱり僕にとって、最高の人生はdaysって漫画の柄本つくしのような、必死にやりたいことをやり尽くして死ぬような人生だ。
 
そんな人生を送りたい、だからまずはゲームとか漫画とかオナニーとか、君らは俺の人生に必要ないし、自分の人生は休憩と何かをやり続けるのがほとんどでいい。それが最高だ。という思いを僕は強く持ったし、そういう思いで色々排除する。
 
まあこれはベースとなるピース。
 
 
最後のピースは確実に瞑想だと言える。というか脳のエネルギーを考慮すること。
 
自分はなんだかんだ中3くらいから瞑想を続けてきたが、ここ5年くらいは本当におろそかだった。だが、これが人生の停滞の本当の理由だったと思う。
 
自分はずっと変なやり方で努力をしてきた。それは脳のエネルギーがMAX100だとしたら、0まで使い切って、ぶっ倒れて、無理やり休憩してから再び100から0まで使い切る、の繰り返し。
 
そんなやり方でしか前に進めなかった。
 
だが、もちろんそのやり方を改善しようとしてきた。だが、その当時休憩だと思っていたものは漫画やゲーム、動画と言ったもので、バランスがうまく取れなくなる。バランスよくやろうとすれば、楽な休憩が多くなってしまい、引っ張られて結局うまく進めなかったり、そもそも体の疲れは取れても、脳のエネルギーの回復力は低い。
 
が、本当は90くらいの脳のエネルギーでやり続けれたら、それの方がいい。だって、30から0くらいまで引き出す時めちゃくちゃ辛いしきつい。それがやりたくない原因でもある。
 
だが、瞑想というぶっ壊れチート性能持ちの回復行為が存在した。練度がないとなかなかダメなのだが、自己観察力が上がってくると、疲れてる時はかなり簡単に意識が吹っ飛ぶくらいの瞑想に入れるし、疲れてない時はより深い状態で色々と遊べる。
 
そうすると、脳のエネルギーは如実に回復する。一回の睡眠に匹敵する回復力。また、睡眠も瞑想して入ると圧倒的に効果が2倍くらいになる。脳のエネルギーのMAX値も上がる気がする。
 
とにかく、やべえ。だから、日々に瞑想を入れ込み続ける。波のように、細かいちょっとした瞑想してちょっとやったり、深く瞑想して、がっつり勉強したり、波のように瞑想と現実を行ったり来たりする。
 
そうすると、常に90くらいの最強の脳のエネルギーでやることができる。全然辛さはない。
 
そう、これが僕にとってのウルトラC。
 
 
自分のイメージ内では、まず最高の生き方をしたいという思いがベースにあって、メソッドとして瞑想と日常を行ったり来たりし続けるという方法がある。そして、快感を感じ、全てを快感に変えるという武器があるというイメージ。
 
これだけが自分が前に進むのに必要な要素だった。
 
 
そうして、こんな感じのメソッドで日々を過ごしている。ああ、なんて自分の人生は素晴らしいんだと思える。
 
そして、なんか人生というゲームの第一ボスを倒したというか、ゲームクリアをしたんじゃないかという感覚がある。
ま、裏ボスラスボス無限にまだいるけど、それでも自分の人生で一番解決しなきゃいけない問題を解決したと思う。
 
うつの人に何か届けばいいかな。うつは結局、自分の中の問題を強制解決させる仕組みなんだと思う。
 
自分の中の問題を見直してみて、問題を整理して、一つ一つ試して解決していけば、必ず解決できる。
 
所詮は科学。自分自身も物理現象。ハックする方法は必ず存在するよ。ま、うつの人は参考にしてくれると、自分は気持ちいいね。

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Posted by mamitsu